書評

将来が不安だと思うなら、変化に対応する力を付けるしかない

強い者が生き残るのではなく、環境変化に対応できたものだけが生き残る。

今回、速読をした以下の本のあらすじに出てくる表現です。
自分の将来に何かしら漠然とした不安を抱えている人は、生物の進化を学びながら、自分自身の未来を描いてみるのが良いかもしれないです。

約40億年という生物史を振り返ると、生き残っているのは「強い者」ではなかった。ダーウィンの進化論にはなかった、「環境は変動し続けるもの」という斬新な切り口から、「協力行動」という生命の生き残り戦略に注目する。終章では自由市場主義の瑕疵まで論及。ダーウィン進化論にはじまり、総合学説に発展した現代進化論に、いま「環境変動説」が加わる。

ささっと20分だけ読んでみた

進化論。生物がどうやって進化をしてきたか。興味は無くはないが、自分からは積極的に手に取らない本です。速読という事で20分だけ読んでみましたが、なかなか興味深かったです。読んだ項目とそこから得た考えを描いてみますね。

人はなぜ溺れる子を助けるのか?

溺れる子を助ける精神は素晴らしいものですよね。でも、助けることによって自分の身に危険が及ぶかもしれないのに何故助けるのでしょうか。
日常でこのような問いを自らに投げかけることはないですが、考えてみると面白い。二人とも助かるかもしれないから?自分よりも子供の未来に期待をしているから?自分が助けることで、人助けをするような大人に成長するから?様々な仮説が浮かびますね。無意識の行動の中にも、何かしら種族の繁栄のために起こしている行動があるのかなと考えさせられます

エスキモーの子育て

エスキモー達は子供を村全体の所有物と考えていることがあり、自分に何人子供がいても、他人の子供を引き取り、大切に育てます。これは、共存していかないと生きていけない過酷な環境から作り出された慣習なのでしょう。

自分の子供を大切に育ててくれるからこそ、自分も他人の子供を可愛がろうという心が生まれるのでしょうね。地域のコミュニティに関わらずとも生きていけるようになった現代社会は便利ではありますが、安心して他人に頼ることが出来ないという状況を作り出してしまっているのかもしれません

文明には何故、栄枯盛衰が起こるのか?

人々が環境に適応し、文明が発展してきても何故その文明は衰退してしまうのか?ささっと読み込んだ部分から考えると、所有欲が生まれ、どうしても自分や家族を優遇する考えが生まれてしまうからだと思いました。不平等な環境への不納得度が不正を生み、コミュニティは腐敗をして行きます。腐敗が小さい内は気がつかないのですが、やがて腐敗は至る所に広がって行き、文明は衰退、または正義により討伐されるのでしょう。

腐敗がつきものなのであれば、あえて破壊することを受け入れるのが良いのでしょうね。カードゲームの大富豪も「革命」というルールがあるから盛り上がりますからね。

速読を終えての考え

本書のあらすじで出てくる「環境変化に対応出来たものだけが生き残る」という表現。速読ではあまり詳しく読めませんでしたが、これはきっとあらゆる生物の事例を元に述べられているのでしょう。具体例を元にきっと読むほどに理解が進むのだと思います。

そして「変化」は自分が知覚しなければ起こっていないということ。これだけ多様な生き方がある現代は、変化がないコミュニティも変化が激しいコミュニティもあリます。変化を知覚しなければ、ある日突然、社会の変化(腐敗)に気づいたとしても、そこに柔軟に対応するのは難しいのでしょう。

これだけインフラが整った現代社会。おそらく変化をせずとも逃げ切れるのかもしれませんが、環境の変化に目を背けて逃げていくか、変化を楽しみ進化をしていくか。勇気を持って後者を選び続けたいものだと思いました。